『子どものため』に離婚を我慢した両親のもとで育った友人Aちゃん
Aちゃんは大学時代の友人。リストカットやOD(薬の過剰摂取)、性的な奔放さなどこれまでに本の中でしか読んだことのないようなことをやってしまう、初めて出会うタイプの子でした。
友人としてほぼ毎日一緒に授業に出たりお互いの家を行き来したりしており、お互いに別々の地元に戻った現在でも交流があります。
Aちゃんは3人姉兄の末っ子で、幼い頃から両親は家庭内別居でした。
彼女は彼女のお母さんから『あんた、産まれてこれて良かったね。』と言われたそうです。実は、彼女の両親はできちゃった結婚。Aちゃん姉を身籠り結婚した両親は、お姉さんの希望で二人目となる男の子(Aちゃんの兄)を出産。二人で終わりと思っていたところに思いがけずAちゃんを授かり出産。という流れだったとAちゃんに話したそうです。
Aちゃんはよく、『家の兄弟で望まれて生まれてきたのはお兄ちゃんだけ。』と言っていました。両親の不仲なようすから、自分は望まれて生まれてきたんではないんだという思いが強くなったと話していました。
『子どものため』と離婚を踏みとどまる気持ちはよくわかります。両親がいることが子どもにとっていいのだと固く信じている人も多いです。でも、それには『両親がお互いを思い合い、お互いを人として尊重しあっていること』という前提があります。
離婚したいくらい相手に嫌悪感を感じていて、会話もなければ思い合うこともない夫婦の間で板挟みになって育つ子どもは精神的に傷つきます。大人だって、喧嘩の仲裁は辛いのに、それが毎日続いた状態で生活する子どもは心理的な虐待を受けているのと等しいとさえ思います。
『子どものため』と離婚を踏みとどまるのであれば、絶対に夫婦間の関係を改善する努力をしなければなりません。離婚を踏みとどまるだけでは『子どものため』にはなっていません。夫婦が夫婦として機能して初めてそうなることを忘れないでください。